「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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2016年 03月 14日

15年ぶりにマケドニア人に会った! と思ったら・・・

いつもの様に、週に一回の買出しの帰り道。

最後の曲がり道を曲がれば、もうすぐお家、というところに、2人の女学生が段差の歩道に座り勉強しています。

すると、一人の子が立ち上がって、荷物手伝いますよ、と、私の買い物袋を一つ持ってくれました!
今回は、そんなに重くなかったので、何回も断ったのですが。

トルコ人かと思ったら、マケドニア人でした!
ああ、マケドニア、懐かしい、バックパッカー時に通り過ぎた国。

モスクをみたことしか覚えておりませんが。。。

東欧は、アイスマニアの私が、クロアチアで、人生生きてきた中で一番おいしいアイスクリームを食べたこと以外、あまり覚えておりません。。。 元々、地図も持たず、目的もなく、たまたま行きましたから、国に入ってはじめてその国名を知るという。モンテネグロ、セルビア、ボスニア等々。。。

そういえば、日本を出て、はじめて中東に来た当初、告白されたのが、ボンバーヘアーのマケドニア人だったのを思い出しました。



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後日。
外出時に、また彼女に会えました!

あれから、マケドニアの歴史を色々調べましたよ、とお話したら、「実は私、アルバニア人です。アルバニア(の一部?)はマケドニアに占領されて、今はマケドニアですが、元々私たちはアルバニア人です。」

平和ボケのバックパッカーだった頃、ぶらぶら歩いていたカイロでユーゴスラビア航空を見て、なんとな~く地図も持たずにユーゴスラビアに飛び、空港で日本人に偶然出会い!、コソボがユーゴスラビアにある、と聞いて、ユーゴスラビアからコソボに入ったのですが、丁度空爆後で、電気も十分になく、くたくたに疲れているのに、蝋燭を灯しながらアルバニアとの紛争について延々と語るホテルオーナーのお話を半分寝ながら聞かされたのを思い出しました。あの時隣にマルタ航空もあったのですが! 

若い頃は日本と異なる国々を見てみたかった。今なら迷わず欧米諸国に行きますが、それだけ年を取ったということでしょうか。

あの当時も建物などに紛争の残骸があちこちにみえ、その後は国境が曖昧な国々での移動でわけの分からぬうちに捕まり裁判にかけられ、ユーゴスラビア航空を見るまでユーゴスラビアを知らなかったのにも拘らず「ユーゴスラビアが大好きで来たのにこの仕打ち」と嘆く私に同情した裁判長に救われ、国境に捨てられ国連に拾われるという、平和ボケゆえに悲惨な目にあったのですが、日本史をずっと専攻してきたせいか、世界史に全く無知で、様々な国に赴く度に現地の人々に教えられています。ああ、若気の至り。。。

バックパッカーって、時々やらかしがち、 と思ったけれど、そういえばコソボの国境を守っていた国連の兵士に、初めてバックパッカーが来たよ! と言われました。やらかすのは、極少数派かもしれませんね。。。




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アルバニアの国旗。
(このブログを見た上記の女の子が、マケドニアではなくアルバニアの旗を載せて欲しい、と言うので。。。)

中東もそうですが、鷲のデザインがよく見られるのはなぜでしょう。


余談ですが、大学のクラスメイトの大半はアゼルバイジャン人だったのですが、ある生徒に、あいつに「君アルメニア人に見える」と言ってみて、と頼まれて言ってみたら、クラス中が大騒ぎ?になった事を思い出しました。


世界各国、周辺諸国とは色々ありますね。。。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-03-14 21:32 | daily life  中東の日常
2016年 03月 08日

「自分を捨てる」とは?

自分を必要以上によく見せようとしたり、取り繕ったりする、そういう抜け目のない自分を捨てるということ(彼女の上司、江上治氏の教え)

(「成功したい女は、結婚を捨てなさい」 笠井裕予著 経済界 2013年)



私自身は、結婚や子供を持つことが自然な人間の姿と思っているので、この本は特にお勧めではないし、仕事も好きな事をすべきと思っているので、思想自体も著書と全く異なるのだが、古本で適当に購入した、全く世界の異なる一人の女性の半生の物語は、興味深く読んだ。


自分自身を含め、「自分を捨てた人」、人生でまだ、出会ったことはないかもしれない・・・



何があっても、言い訳はしないこと。取り繕らないこと。自分を捨てて自然体で行動できたら、逆に楽になるんだから~

(同著)



しかし、真に「自分を捨てる」とは、自我を捨てることである。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-03-08 19:50 | daily thoughts 日々の思想
2016年 03月 03日

攻撃すること、されること


攻撃するという考えと、攻撃されるという考えは異なるものではないということを学んだとき、あなたにはその原因を手放す用意ができているだろう。

「奇跡講座」 ワークブック編 レッスン23より)


攻撃的な考えには、自分が傷つくことがありえるという信念が必ず伴うとすれば、そうした考えは、あなたの目に映る自分自身を弱めるという結果をもたらす。そのようにして、攻撃的な考えは自分自身についてのあなたの知覚を攻撃したのである。そして、あなたはそうした考えを信じるので、もはや自分を信じることは出来ない。あなた自身についての誤ったイメージが本来のあなたに取ってかわったのである。

あなた自身の考え以外の何ものも、あなたがか弱く傷つきやすい存在だと、あなたに思わせることは出来ない。

「奇跡講座」 ワークブック編 レッスン26より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-03-03 19:03 | A course in Miracles