「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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2008年 03月 30日

jyunaid al=baghdadi  ジュナイド・アル=バグダーディー


(粗末な布を頭からすっぽり身にまとった若者がいた。 。。。)
「。。。あなたは欲望の魂のことをどう考えるのか。その魂の痛みが、すなわち、その癒しであることなどあるのか。」
 私は言った。
「あるとも。自己の欲望に反抗しさえすれば」
。。。彼は、自分の襟元をじっと見つめてこう語った。
「おお、何度となく、これと同じ答えを私から聞いたであろうに。今はジュナイドから聞くのだ」
彼は立ち上がって去った。彼がどこから来て、どこに行ったか私は知らぬ」


。。。
「どの方の御子孫か」
信徒の長アリー子孫にございます」
「あなたの先祖は二つの剣をふるわれた。一つは異教徒に対してであり、今一つは自身に対してだ。 。。。あなたはこのうちのいずれを用いるおつもりか」
。。。
「導師よ、私の行くべき巡礼はここでございました。私をに導きたまえ」
「汝のこの胸のうちこそが神の内密の聖域なのだ。できうる限り、神宿るこの聖域に親密でないよそ者を通さぬことだ」


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-30 00:34 | ・jyunaid al=bagdad
2008年 03月 17日

Yusuf Bin Husein ユースフ・ビン・ホセイン



ユースフは。。。ズン・ヌーンのモスクに戻った。ズン・ヌーンはこう語った。
「。。。三つの忠告を与えよう。大きな戒めとは、あなたが読んだものをことごとく忘れ去り、書いたものをすべて洗い流すということ。そうすれば、あなたの目の前のヴェールは取り払われるだろう」
。。。
「中間のものとは、。。。我が導師がこう言ったとか、我が導師がこう命じたとか言ってはならぬ。それはすべて、自我礼讃でしかない」
。。。
「小さな戒めとは、人々を論し、へと誘うことである。 。。。だが、人々の中にいない自分を想定して、教え諭すのが条件だ」


死の後に、ある者の夢に現れた彼はこう尋ねられた。
「神はあなたにどうなさったか」
神は答えた。
「神はお許しになられた。。。真剣ということと、ふざけ半分というものを、一度たりとも、私が混同しなかったがために」


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-17 20:23 |  ・Yusuf bin Husein
2008年 03月 15日

サリー・イェ・サカティー


。。。
「その者は山の中で暮らしているのであろうか。そうであるなら、それは、大望とは無縁の人間だ。真の人間は、市場=バザール の真ん中にいても信仰に没入し、瞬時も、から隠れていることはないのだ」


 最初の頃、彼は小売商を営んでいたという。 。。。「市場が火事です」。。。「私もこれで物欲から解き放たれる」
 その後、調べてみると、彼の店は焼けていないことがわかった。 。。。自分の持ち物をすべて貧者に与え、神秘道を目指すこととした。


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-15 04:30 |  ・S
2008年 03月 09日

Shaqiq al=barkhi シャキーク・アル=バルヒー



「わたしは千七百人のに弟子として仕え、駱駝数頭分の書物を得た。そして、の道は四つのものの中にあると知った。一つは、日々の糧に不安のないこと。二つ目は、日々の糧に不安のないこと。三つ目は、悪魔と敵対すること。四つ目は、死への準備」


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-09 21:47 |  ・Shaqiq al=barkhi
2008年 03月 09日

Zun Nun ズン・ヌーン



大半のエジプトの民は彼を偽ムスリム=ズィンディーク と呼んでいた。。。


「昨晩、 拝して祈りを捧げていると、私はいつしか眠りに入った。すると、栄光あるを夢の中で見た。神は私にこう語りかけた。
“おお、アブル・ファイズ=ズン・ヌーン よ。我は人間を創造した。彼らは十の集団に分かれた。彼らに現世を見せると、十のうち、九つが現世の方を向いた。残った一つも十の集団に分かれた。彼らに天国を見せると、十のうち、九つの集団が天国の方に顔を向けた。残った一つの集団がさらに十に分れた。彼らに地獄を見せると、そのうちの九つが地獄を恐れて四散した。そこで、現世に欺かれることもなく、天上の楽園の方に傾くことも、地獄を怖れて逃げ出すこともない集団が一つだけ残った。我は、その残った者たちに尋ねた。我が下僕たちよ、おまえたちは現世に目もくれず、天国に望みをつながず、地獄を恐れることもなかった。一体おまえたちは何を望んでいるのだ。彼らは頭を垂れてこう言った。
{汝こそは、我らの求めるものを知れり}(クルアーン第11章79節)”」


。。。ズン・ヌーンに一人の弟子がいた。四十日間の参籠の行を四十回繰り返し、アラファートの荒野の丘に四十回立ち、四十年間不眠の行を続け、四十年この方、座しては心の小部屋の見張りをし続けた。
。。。
「導師よ、あらゆる行をやってみましたが、我が友=神 は、私に何一つ言葉をかけて下さらず、。。。全く相手にしてくれません。 。。。」
 ズン・ヌーンは答えた。
「さあ、今晩は腹いっぱい食べて、就寝前の礼拝もせず、一晩中ぐっすりと眠りなさい。 。。。」
 。。。彼は、礼拝を行ってから眠りについた。預言者を夢に見た。預言者はこう語りかけた。
「友=神 がよろしくと、こう言っておるぞ。我が宮殿に来て時を経ずして む者は、惰弱なる男色家と卑劣漢。ことの根元は堅忍不抜の意志と、責め、難じる心を捨てることにある、と。 。。。あの、要求ばかりする追 にはこう伝えよ、。。。わしは貴様の主などではない。これ以上、我を愛する者たち、我が宮殿の困窮せる者たちをペテンにかけて欺くでないぞ、と」
 。。。ズン・ヌーンは、神が自分に挨拶を送り、「やたらと偽りの主張ばかりする者」「嘘つき」と呼んだことを聞いて嬉しさの余り声を出して泣いた。


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-09 21:45 |  ・Zun Nun
2008年 03月 05日

Hasan al=basri ハサン・アル=バスリー



 シャムウーン(拝火教徒)が言った。「私は3つのことでイスラームを受け入れないでいるのです。一つは、あなた方イスラーム教徒は現世というものを非難していながら、夜に昼に、俗世を求めています。二つ目は、死は真実そのものであると説きながら死に向う手立を講じようとはしません。三つ目に、の顔は見ることができるとしながら、今日、あなた方は神の望みに反したことばかりしております」
 ハサンが言った。
「今言ったことは、イスラームの神を識る者たちの徴に他なりません。では、もし神を信じる者たちがこう語るなら、あなたはどう言うつもりなのでしょうか。“あなたは70年間、火を崇拝し、私は、火を崇拝したことはありません。しかし、地獄の劫火は、われわれを二人とも焼き尽くすのです。” 。。。」
 。。。ハサンは手を火の中に入れ、。。。、ハサンの肉体はかけらたりとも変容することはなく、燃えることもなかった。


「黒衣のお方よ。彼らを海から救ったように、私を妄想の大海から救い出されよ」
黒衣の男が「汝の目に光あれ」と言うと、ハサンは、その後、二度と自分のことを他人より上だとは思わなくなったという。


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-05 03:19 |  ・Hasan al=basri
2008年 03月 04日

Rabia alAdawiya ラービア・アル=アダウィーヤ



「神よ、私の心は沈んでおります。どこに行けば良いのでしょう。私は一塊の石
にすぎず、そちらは石の神殿―――私にはあなたが必要なのです」
 至高なる神が、。。。
「ラービアよ、おまえは、一万八千世界の者たちの鮮血を流そうとするのか。 。。。」




伝えられるところでは、別の機会にマッカに行った時、彼女は、砂漠の真中に、彼女を迎えにやって来るカアバ神殿を見たという。
 ラービアはこう言った。
「私には館の主こそ必要なのにカアバをどうすれば良いのですか。カアバ神殿に従うことなどできませぬ。カアバの美しさにどんな喜びがあるというのでしょうか。私には“掌の分だけ我に近づく者は、誰も、前腕の分だけ彼に近づこう”(ハディース)という出迎えこそが必要なのに、カアバを一体どうしろというのでしょうか」


 伝えられるところでは、イブラーヒーム・アドハムは、14年間かけてカアバに辿りついたという。
「ほかのものたちはこの砂漠を足で渡ったが、私は、心の目を頼りに進むのだ」。。。ラクア(礼拝の1区切り)を2度くり返しては一歩前に進んだという。ところが、いざマッカに着いてみると神の館が見つからない。
「ああ、何ということが起きたのだ。私の目に何か傷害が及んだのか」
天界からの声がした。
「おまえの目には何の傷もない。だが、カアバは、こちらに向かってくる一人の女を出迎えに行っていないのだ」
。。。
杖をつきながらこちらにやってくるラービアの姿が見えた。カアバ神殿は元の場所に戻った。
。。。
「昨年はカアバ神殿が私の出迎えに来たのなら、今年は私の方がカアバ神殿をお迎えしよう」


「。。。心の深奥にあるものは明かさず、外界にあるものはその内面に入りこませません。ここにやって来る人がいても、やって来ては去り、私とは何の係わりも持ちません。私は、我が内なる心をひたすら見守ります、花の外見の美しさではなく」 

「慈悲あるお方との友 のためということで悪魔と敵対するつもりはありません。私は神の使徒――彼に平安あれ――を夢に見ました。使徒ムハンマドが“ラービアよ、私を愛しているか”と問われるので、私は“神からの遣いよ、汝を好まぬ者がどうしておりましょうか。しかし、私は神の愛にあまりに捕えられているので、彼以外の友 も、敵対も私の心中には、一切、残っておりません。”とお答えしました」


「ソフィヤーン(・サワリー。高名な法学者)が言った。
“ラービアよ、至高なる神があなたのこの苦しみを楽にするよう祈って下さい”
“。。。私の苦しみを神が欲したもうたということを知らないのですか”
“いいえ、知っています”
“知っているのに、あなたは私に、彼の求めることに反して、彼に願いをたてろと命じるのでしょうか。愛する人に反対することは許されません”」



禁欲生活を通じて自己の内面の浄化を目指した初期イスラーム神秘道大家たちの中にあって、初めて、「」という一つの理念をもたらした神秘家であった。 。。。ラービアにあっては、宗教的儀礼としての巡礼が、自らの信仰の中で内面化される過程となって現れ、。。。聖クルアーンに関する比喩的(内面的)解釈を試みた最初の人物。。。
最終的に、。。。通常、信仰の拠り所とされた「天国」と「地獄」という存在も、神のみによる真理への道を閉ざす退廃の源泉として認識されるようになったと言われる。


(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2008-03-04 23:39 |  ・Rabia al=adawiya