「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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2006年 05月 10日

Qura'n Koran クルアーン(コーラン)


                        أعوذ بالله من الشيطان الرجيم
                        بسم الله الرحمن الرحيم
                    إن الله لا يظلم شيئا و لكن الناس أنفسهم يظلمون
         「本当にアッラー=神は決して人間を害されない。だが人間は自らを害する。」
                         صدق الله عظيم                              (ユースフ章44)         




神の道は嶮しい。積雪に閉ざされた道。最初に身を挺して馬を駆り、この道を通れるようにしたのはあの方(預言者)だ。この道を行く人は誰も皆預言者の好意ある手引きのお世話になっている。預言者は最初にこの道を見つけ、至るところに道標を置き、木札を立てて、「この方向に行ってはいけない、この方向に行け。あっちに行けば、かつての…民のように滅亡するぞ。こっちにくれば、昔の信仰ある民族のように救われる」と告げる。要するにコーランは全巻通じてこのことの説明である。…もし誰かがそれらの木札のどれかを割りにかかれば、みんなが寄ってきて、「わしらの道をなぜ荒らす。わしらを破滅させるつもりか。貴様は追剥だな」と抗議する。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

神聖なるものの名を乱用する者は、誓いなどいくらでも破るのだから。
近い以前の言葉でさえも嘘偽りであった者の、虚しい甘言に嵌まってはならない。
彼を統べるのはただ彼の我欲、彼の知性もまた我欲の虜。
たとえ彼が、十万冊のクルアーンを前に誓ったとしても。

(「マスナウィー=メスネヴィー」 マウラーナ著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

神の書(クルアーン)の本質は、四つの次元から成り立っている。すなわち言語、御しるし、暗喩、そして真理である。
言語の次元はごく普通の人々のために開かれている。 鋭敏な感覚を持つ人々のために、御しるしの次元が用意されている。暗喩の次元は聖者たちのためにあり、最後に、真理の次元は預言者たちに属する。

(「叡智者列伝」 マウラーナ著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

・・・もちろん、天使にはしゃべるとかものを言うとか言うことはない。しかし、仮に・・・ものを言い出すとして、それぞれ自分のあり方を言葉で叙述すると仮定したら、こんなことになろうというのだ。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

天使と人間の会話も含め、クルアーンは我々人間に分るように象徴を用いて描写されている。


「あなたがたの中には信仰のない者=カーフィル と信仰深い者=ムウミン とがある」 (64章2節)

「・・・信仰する人々よ、われの仇敵でもありあなたがたの仇敵でもあるものを己が友としてはならない」 (60章1節)

(同著)

多神教徒や不信心者は、信仰者の内外にある。外のそれらとの戦いをジハード・アル=アスガル、内のそれらとの戦いをジハード・アル=アクバルという。



アッラーは、天地の光である。かれの光を譬えれば、ともし火を置いた、へきがんのようなものである。ともし火はガラスの中にある。ガラスは輝く星のよう。祝福されたオリーブの木に灯されている。(その木は)東方(の産)でもなく、西方(の産)でもなく、この油は、火がほとんど触れないのに光を放つ。
光の上に光を添える。
アッラーは御好みの者を、かれの御光に導かれる。
(御光章35)

本当に天と地の創造、昼夜の交替、人を益するものを運んで海原をゆく船の中に、またアッラーが天から降らせて死んだ大地を甦らせ、生きとし生けるものを地上に広く散らばせる雨の中に、また風向きの変換、果ては天地の間にあって奉仕する雲の中に、理解ある者への(アッラーの)印がある。 (牡牛章164)

「アッラーが、わたしたちに定められる(運命の)外には、何もわたしたちにふりかからない。かれは、わたしたちの守護者であられる。信者たちはアッラーを信頼しなければならない。」 (悔悟章51)

もしアッラーがあなたに災厄を下されれば、かれの他にそれを除くものはない。
またもしかれがあなたに幸福を望まれれば、かれの恩恵を拒否するものは何もないのである。 (ユーヌス章107)

地上のすべての生きもので、その御恵みをアッラーからいただいていない者はない。かれはそれらの居場所と寄留所を知っておられる。凡てはっきりと書物に(記されて)ある。 (フード章)

わたしの主であり、あなたがたの主であられるアッラーを、わたしは信頼する。
凡ての生きものの一つでも、アッラーが、その前髪を掴まれないものはない。
(フード章56)

自分の糧を確保できないものが如何に多いことであろうか。アッラー(こそ)はそれらとあなたがたを養われる。 (蜘蛛章60)

アッラーが人間に与えられるどんな慈悲も、阻まれることはない。またかれが阻む何事も、それを解き放すものはない。 (創造章2)

本当にわれは、星星で下層の天を飾り、(アッラーの命令に)逆らう悪魔にたいする守りとした。かれらは八方から撃たれ、最高の会議を盗み聞くことはできない。 (整列者章6-8)

「アッラーの御心ならば、汝ら必ず聖なる神殿に入ることができようぞ」 (48章27節)

神を本当に愛する人々、特に神に選ばれた聖者たちにとっては、メッカの聖所とはすなわち神との霊的合一を意味する。 (同著)

大空が直二つに割れ裂ける時。(84章1節)
大地がぐらぐら大揺れに揺れる時。(99章1節)

これはそなた自身のことを指したものだ。

(同著)

(悪をしかけられたら)「善行によって、悪を撃退せよ」(23章96節)

一般に言われるクルアーンの“目には目を”的掟は、一般的信者への教訓なのである。

(他人に害を加えられても、)「怒りを押えて人々を寛容する人々。本当にアッラーは善い行いをなす人々を愛される」 (3章134節)


地獄の住民どもが(天国の人々に声をかけて、)「水を私たちの上に注ぎかけてくだされ。いや、水でなくとも、貴方がたがアッラーから戴いたもの(楽園の果実)を投げて下され」(7章8節)と叫ぶ。・・・「貴方がたが体験したこと、貴方がたの上に照らす霊的光を我々にも分けて下さい」という意味である。

(同著)

「神があなたに与えられたこの世における務めを見出しなさい」 (28章77節)
「人間は、その努力したもの以外、何も得ることができない」 (53章39節)
「誰もがその稼ぎにたいし、報酬を受ける」 (52章21節)

(「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より)

「ああ、せめてわが災厄がかれらに下されたとき、心の低い人間になってくれさえしたらよかったに。だが、彼らの心は石のように硬かった。そしてシェイターンの偽りで、彼らにはなんとなく自分のしていることが立派な行為であるかのように思われた」 (6章43章)

「根拠のない思いつきで喋っているのではない。本当にこれは啓示されたお告げの言葉である」 (53章3-4章)

「ひとつの魂からあなた方を創った」 (4章1節)

「本当にわたしたちは、アッラーのもの。かれの御許にわたしたちはかえります」 (2章156節)

コーランは花も恥じらう新妻のようなもの。ヴェールを引いて脱がせようとしても、いっかな顔を見せてはくれぬ。
コーランをいくら研究してみても、なんの喜びもなく、悟ったということもないのは、こちらがヴェールを脱がしそこなったからで、その上、向うはこちらを騙しにかかり、醜い顔を出してみせる。「私、貴方の憶っていらっしゃるような美人じゃなくてよ」・・・。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

この為大抵の読者には、聖書の教訓は理解できても、クルアーンをつまらない書物と感じてしまうのである。クルアーンの奥義は、特に洗練された神秘主義者にしかわからない。お薦めのクルアーン解釈書;

「تفسير ادبي و عرفان قرآن مجيد」
كتاب كشف الأسرار و عدة الأبرار معروف به تفسير
ش.خواجد عبد الله انصاري



・・・
日本はじめ世界のスピリチュアルな世界を愛する、あらゆる宗教に属さない人々も、聖書を愛読していることは周知の通りであるが、クルアーンを愛読している非イスラーム教徒はあまり聞かないようだ。しかし、訳注含め一度途中で挫折せず読み通してみると、聖書にも記されていない様な記述を各所に見出せよう。何故我々が悪い思いを抱くか、の回答まである(勿論表面的解釈でもたくさんの実りがあるが、あるタリーカの代表はこうも言う。「クルアーンの真の意味を理解しない者はクルアーンを読むな」)。
クルアーンの一部をここで紹介していきたい。(更新順)



あなたがたは、アッラーを忘れたもののようであってはならない。
かれは、かれら自身の魂を忘れさせたのである。
これらの者はアッラーの掟に背く者たちである。 (集合章19)


禁欲の修道院制は、かれらが自分で作ったもので、
われがかれらにそれを指示してはいない。
アッラーの喜びを得たいばかりにしたことだが、
かれらはそれも守らねばならないようには守っていなかった。 (鉄章27)


時は近づき、月は微塵に裂けた。 (月章1)


われがかれ(スレイマーン=ソロモン)に死の断を下した時も、かれらにその死を知らせたのは、一匹の地の虫がかれの杖を蝕んだことであった。
それでかれが倒れると、ジンたちは(はじめて)悟った。もしも幽玄界のことを知っていたならば、恥辱の懲罰に服している要もなかったのに。 (サバア=シバ 章14)


本当にわれは、諸天と大地と山々に信託を申しつけた。
だがそれらはそれを、担うことを辞退し、且つそれに就いて恐れた。
人間はそれを担った。本当に(人間は)不義でありかつ無知である。 (部族連合章72)


時間にかけて(誓う)。
本当に人間は、喪失の中にいる。 
信仰して善行に勤しみ、互いに真理を勧めあい、また忍耐を勧めあう者たちの外は。(時間章)


(それから)かの女=サバア-シバ-の女王 は、宮殿に入るよう告げられた。だがそれを見た時、池だと思い、(裾を上げて)かの女は両脚を現した。スレイマーンは言った。「本当にこれはガラス張りの宮殿です。」
かの女は、「主よ、本当にわたしは自ら不義を犯しました。(今)わたしは、スレイマーンと共に万有の主に服従、帰依いたします。」と言った。 (蟻章44)

注;万有のに服従、帰依する者をムスリムという。


スレイマーン=ソロモン はダーウード=ダヴィデ の後を継ぎ言った。「人びとよ、わたしたちは鳥の言葉を教えられ、また凡てのものを授けられた。・・・」 ・・・彼の軍勢が集められたが、かれらはジンと人間と鳥からなり、(きちんと)部隊に編成されていた。やがて蟻の谷に来た時、一匹の蟻が言った。「蟻たちよ、自分の住みかに入れ。スレイマーンとその軍勢が、それと知らずにあなたがたを踏み躙らないよう。」そこでかれ(スレイマーン)は、その言葉の可笑しさに顔を綻ばせ、(祈って)言った。・・・ (蟻章16~19)


は、あなたを見捨てられず、憎まれた訳でもない。 (朝章3)


本当にアッラーは、あなたがたを創り、またあなたがたが、造るものをも(創られる)。」 (整列者章96)


あなた以前の使徒たちも、確かに嘲笑された。
だが嘲笑した者は、嘲笑していたことに取り囲まれるのである。 (預言者章41)


「わたしは2つの海が会う所に行き着くまでは、何年かかっても、(旅を)止めないであろう。」 (洞窟章60)


「真理はあなたがたのから来るのである。だから誰でも望みのままに信仰させ、また(望みのまま)拒否させなさい。」 (洞窟章29)


「・・・かれら(言い争っている人びと)には、(結局)かれの外にはどんな保護者もなく、また何ものも、の大権に参与しないのである。」 (洞窟章26)


何事も、「私は明日それをするのです」と断言してはならない。「アッラーが御好みになられるなら。」と付け加えずには。 (洞窟章23,24)


彼には慎重に振舞わせて、あなたがたのことを誰にも気付かせてはならない。 (洞窟章19)


本当に地上の凡ての有は、それ(大地)の装飾としてわれが設けたもので、かれらの中誰が最も優れた行いをするか、試みるためである。 (洞窟章7)


アッラーは一人の御子を持たれます。」 と言う者へ警告なされる。 (洞窟章3)


かれらは涙を流して顔を地に伏せ、謙譲の誠を募らせる。 (夜の旅章109)


「この地に住み着きなさい。だが来世の約束が来る時、われはあなたがたを烏合の衆にするであろう。」 (夜の旅章104)


人間は常に吝嗇である。 (夜の旅章100)


太陽が(中天を過ぎ)傾くときから夜のとばりが降りるまで、礼拝の務めを守り、また暁には礼拝をしなさい。本当に暁の礼拝には立会人がいる。 (夜の旅章78)


本当に虚偽は消える定めにあります。 (夜の旅章81)


「・・・だがもし復活の日まで、私に猶予を下さるなら、僅かな者を除き、彼の子孫を必ず私の配下に致しましょう」 (夜の旅章62)


かれら(ムスリム)は何事でも最も丁重にものを言いなさい。」
悪魔は、かれら(不信者)との間に(紛争の)種を蒔く。 (夜の旅章53)


7つの天と大地、またその間にある凡てのものは、かれを讃える。
何ものも、彼を讃えて唱念しないものはない。
だがあなたがたは、それらが如何に唱念しているかを理解しない。 (夜の旅章44)


また横柄に地上を歩いてはならない。
あなたがたは大地を裂くことも出来ず、また(背丈が)山の高さにもなれない。 (夜の旅章37)


またあなたは、自分の知識のないことに従ってはならない。 (夜の旅章36)


あなたの手を、自分の首に縛り付けてはならない。
また限界を超え極端に手を開き、恥辱を被り困窮に陥ってはならない。 (夜の旅章29)


はあなたがたの心の中に抱くことを熟知なされる。 (夜の旅章25)


そして敬愛の情を込め、両親に対し謙虚に翼を低く垂れ(優しくし)て、
「主よ、幼少の頃、私を愛育してくれたように、2人の上に御慈悲を御授けください。」と(祈りを)言うがいい。 (夜の旅章24)


人間の祈りは幸福のためであるべきなのに、彼は災厄のために祈る。
およそ人間はいつも性急である。 (夜の旅章11)


あなたは忍耐強くあれ。あなたの忍耐は、アッラー(の助け)により外にはないのである。
かれらのために憂慮しないで、また彼らの策謀したことのために、心を狭めてはならない。 (蜜蜂章127)


あなたの口をついて出る偽りで、
「これは合法(ハラール)だ、またこれは禁忌(ハラーム)です。」と言ってはならない。 (蜜蜂章116)


誓いを確証した後、それを破ってはならない。 (蜜蜂章91)


またあなたのは、蜜蜂に啓示した。 (蜜蜂章68)


アッラーは雨を天から降らせ、それで死に果てた大地を甦らせる。
本当にその中には、耳を傾ける民への一つの印がある。 (蜜蜂章65)


またかれは、地上に山々を堅固に据えられた。(それは)大地があなたがたを揺り動かさないためである。また川や道を創られた。あなたがたが導かれるためである。 (蜜蜂章15)


荷を負う者は、他人の荷を負うことはできない。 (創造者章18)
重荷を負う者は、他人の重荷を負うことは出来ない。 (星章38)


本当にアッラーは、御望みの者を惑わせ、また御望みの者を導かれる。 (創造者章8)


預言者よ、あなたの妻たちに言ってやるがいい。「もしあなたがたが、現世の生活とその煌びやかさを望むなら来るがいい。わたしは贈り物を与えて、立派に別れよう。 (部族連合章28)


だが信仰してよい行いに励む者は、われは誰にも、能力以上のものを負わせない。 (高壁章42)


宗教には強制があってはならない。 (雄牛章256)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-05-10 13:14 |  Qura'n Koran クルアーン