「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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2006年 04月 10日

the Prophet 預言者ムハンマド

أعوذ بالله من الشيطان الرجيم     
بسم الله الرحمن الرحيم
                    و بالحق أنزلنه و بالحق نزل و ما أرسلنك إلا مبشرا و نذيرا
「われ= はこの(クルアーン)を真理をもって下したので、それは真理によって下った。そしてわれ=神 は、吉報の伝達者、 または警告者としてあなた=預言者ムハンマド を遣わしただけである。」
                              صدق الله العظيم                      「夜の旅章105」            

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ムハンマドを讃えることは結局神を讃えることだ。これはちょうど、誰かが次のように言う場合に似ている。「が王様に長寿をお授けくださいますように。それからまた私を手引きして王様に近づけてくれた人にも」と。あるいはまた、「それから私に王様の名前と性質とを教えてくれたあの人にも」と。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

預言者は、彼の信仰を嘲る言葉を投げ付けられた時でさえ、決して反論はしなかった。その言葉を投げかけた人が、その人自身の宗教によって正しく導かれるよう祈ることを選んだ。
預言者は、誰に対してもまずは友情をもって接した。ユダヤ教徒の友人が病に倒れたときには、その枕元へと見舞いに訪れることを友情の証とした。

(「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より)


気高い心を持ち神の声を聞く預言者でさえ
あなた方と寸分も変わらぬ姿をしておられた。
彼の肉体は、塵のように地上へと舞い落ちたとしても、
彼の精神は、最も高く舞い上り天空を旋回し続けている。

(「マスナウィー=メスネヴィー」 マウラーナ著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

・・・最初はただひたすら神の思いに沈潜していたが、その後「人々を(イスラームに)喚べ。彼らに忠告を与えよ。彼らの生き方を改善せよ」との神命が下ったのだった。・・・「ああ主よ、どのような罪のかどで私を御前から追い払い給うのか。私は他人のことなどかまいたくもございませぬ」。神は答え給うた、「ムハンマドよ、悲しむでない。お前が人々の世話に献身したとて、わしは決してお前を見棄てはせぬ。・・・」

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

神には2つの根本的属性がある。一つは威怒、他は慈悲、預言者はその両方の属性が同時に現れる場所。信仰者は慈悲の現れる場所。無信仰者は威怒の現れる場所。
・・・本当の信仰心を持つ者は預言者の中に己れを見、己れの声を預言者の声に聞き、己れの匂いを預言者の匂いに嗅ぐ。

(同著)



写真;上より ハリーファ・アブー・バクル、ハリーファ・ウマルと共に眠る彼の廟 マディーナ サウディ・アラビア(サウジアラビア) http://www.mahrum.com/forums/index.php?&act=ST&f=48&t=3077 より転載 と彼の名  マスジド・イマーム・アリー・ゼイナルアーブディーン カイロ エジプト
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-04-10 04:24 |  theProphet 預言者ムハンマド
2006年 04月 08日

・Sidi Abd al-rahim al-qinai スィーディー・アブドゥ・アル=ラヒーム・アル=クィナーイー


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写真;彼の廟 クィナー エジプト
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-04-08 23:01 |  ・Sidi al-Qinai
2006年 04月 04日

shia section シーア派

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 「真のシーア派=イマーム・アリーの党 は、彼を受け入れ愛すのではなく、彼の生き方に従い彼の思想・精神を実践する人々のことである。アクセプトと愛だけでは真のシーア派ではない。そして、12イマームの思想・精神を実践しなければ、真に12イマーム派ではない。つまり、真のイスラーム教徒が極少数の様に、真のシーア派ムスリム、そして真の12イマーム派ムスリムも極めて少数ということである。」  (12イマーム派系スーフィー教団の代表の言葉)



 シーア派については著書で充分に述べたのでここで繰り返すつもりはない。ただ、数点、シーア派に関する記述における修正を許されるのであれば、
1点;(P89)のイマーム・フセインの死への責任に関するスンナ派への呼びかけで、彼の死はこの世の出来事であり殉教者として天に召されたのだから、現世的視点から見れば悲劇であるが、我々の本当の世界は現世ではないのだから、アーシューラーも、決して忘れまいが、宗教的解釈ではなく歴史的解釈として据え、すべてを神に託して、冷静に“宗教”を見据えるべきであろう。(そのため、ハイダルの血の行進―(P88)―の写真もここで公表する意味はない。私自身がかつて無知のために彼らに感動してしまったように、また新たな第二の私が私の為に生まれてしまわないためである。イマーム・フセインの死はたとえ彼らの全身の血を吸い取っても何の意味もない殉教者の聖なる死である。また、イマーム・フセインの体が自分の体となると、マジュリスフセイニー=アーシューラーの悲劇をムハッラム1日から10日まで講義する。―(P87)― に参加さえできないばかりか、ムハッラムのカレンダーもめくれなくなるであろう。また、各イマームの暗殺からも明白なように、“真のイスラームの敵”は、常に彼らの内にある)。また、アリーの党=シーア派とイマーム・アリーを同一視すべきでないし(スンナ派の伝承では、イマーム・アリーは「アリーの党」を名乗る人々を否定したとある)、各イマーム派も同様である。彼らはアハル・アル=ドニヤー(現世の民)ではなく、アハル・アル=アーヒラ(来世の民)であり、現世の民から見て現世のどんな悲劇も、彼らには同様に映らないのだから・・・。
「・・・不死の存在である聖者や師に関わる死の場面を飾るのは、他の言葉を使うべきかもしれませんが、愚かにもほどがあるといえるでしょう」(「音の神秘-生命は音楽を奏でる」 ハズラト・イナーヤト・ハーン著 土取利行訳 平河出版社 の芸術作品の影響”章より)
2点;イスラーム系宗教学者を”聖職者”と表記した。”聖職者”がいないのがイスラームである。(参照;「イスラームとは何か」 小杉泰 講談社、 「二十一世紀への選択」 など)
3点;シーア派12イマーム派をシーア派と表記した。12イマーム派はシーア派の多数派ではあるが、シーア派12イマーム派の教義が全シーア派の教義でない。(参照;ザイド派、本ブログ各シーア派カテゴリ等)

2,3点により、12イマーム系預言者の血統の宗教学者をサイエドと記したことも過ちであろう(サイエド自体の表現は正しいが、12イマーム派に乗じ宗教学者を血統で呼び違えてしまった事)。

4点;85年と94年の爆破事件について(P53)、出版前に関係者に確認を取ったにも拘らず、出版後医療関係者が「負傷者が私の病院に運ばれてきたので覚えているが、1回しか起きていない」。しかし、彼は確実な日時を覚えておらず、直接関係者は他の12イマーム派関係者同様外国人を怪しみ警戒するため(P61や現状のイラクの様に身に危険が及びかねない)この件に言及することが出来ず、事情を知る各アラブ系大使館関係者等も好まない話題で、確認する機会がもはや無い。

5点;ヒズボッラーを”いまではテロリストの一派ではない”(P493)、また、パレスティナ・イスラーム系政党やグループの反イスラエルテロをレジスタンス的意味合いで記してしまったが、かつてアルジェリアを訪れた際たまたま空港で出会い英語を話せる人にほとんど出会わない中(第2外国語はフランス語)英語が流暢でとても良くしてくれた元FIS(P507)の大学教授の発言一つ「全世界のスンナ派系イスラーム政党は何らかの形でイランや12イマーム系ムラージァアから資金を受けていて、FISもその一例であった」 からも明らかなように、目に見えないところでいろいろな糸がつながっており、私の彼らに関する記述はあまりに安易過ぎで、また、危険であった(だからこそ、真に純粋なイスラーム神秘主義は、あらゆるイスラーム系政党を忌み嫌い、距離を置いているのである)。


以上、無知によったもので、ここに深くお詫び申し上げたい。

参照;http://www.222.co.jp/netnews/article.aspx?asn=1371


12イマーム派の学者が、ある世界的権威のスンナ派シェイフは我々と会うことさえ拒否する、と嘆いていたが、納得するしだいであった、アッラーフアアラム。


その他つけたし等;
P9  仕事場でのヒジャーブは、公的機関の場合禁止。
P13/last イスラームの実践方法や思想、宗派の違いは、地域の風習や思想、伝統、学者の見解の違いなどによる。


著書のスーフィー的訂正も参照



スンナ派による“シーア派”とは・・・
 イエメン出身の偽イスラーム教徒(入信前はユダヤ教徒だった)、アブドゥッラー・イブヌ・サバアがイスラーム教徒内に亀裂を生じさせるために人々を欺いた成果。(12イマーム派ではアブドゥッラー・イブヌ・サバアは存在しなかった架空の人物である。)

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写真;アーシューラーに向けて、イラクの各地方から徒歩でカルバラーを目指す12イマーム派の人々
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-04-04 23:18 |  ・Shia sectシーア派
2006年 04月 01日

Sayedna Abu-Bakr サイードゥナー・アブー・バクル

                       「أنا مدينة الصدق و أبو بكر بابها」


                        أعوذ بالله من الشيطان الرجيم
                        بسم الله الرحمن الرحيم
              إذ يقول لصحبه لا تحزن إن الله معنا فأنزل الله سكينته عليه و أيده,بجنود

                          صدق الله عظيم


「かれは、只一人(の同僚) と、2人で洞窟にいた時、その同僚に向かって「心配してはならない。アッラーはわたしたちと共におられる。」 と言ったその時アッラーかれの安らぎを、かれ(アブー・バクル)に与え、あなたがたには見えないが、(天使の)軍勢でかれを強められた。」 (悔悟章40)

(聖クルアーン 宗教法人 日本ムスリム協会 発行)

「アブー・バクルがほかの人々を抜いてあの尊位に据えられたのは、礼拝や断食や喜捨をたくさんしたからではない。彼の心の奥底にしっかり根を下ろしたもののためである」 …彼の心の中に神寵が宿っていたからである。ここで神寵とは神を愛し慕う心の意だ。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)



過去の罪も参照
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-04-01 20:10 |   ・Sayedna Abu-Bakr