「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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2005年 07月 30日

sahaba サハーバ 預言者ムハンマドの教友たち

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「。。。もし、あなた方の目がかの教友たちに向けられても、彼らは皆、あなた方の目にはただの狂人としか映らないであろう。もし、彼らがあなた方のことを知るようなことがあっても、あなた方のうちのただ一人もムスリムとは見なさなかったであろう。彼ら教友たちは、先を行く者たちであったのだ。馬に乗って鳥や風のように足速に立ち去って行ったのだ。一方、我らは、背に傷を負った驢馬の上で、ただ、立ちつくすのみだ」

(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)


サハーバ;スンナ派 預言者ムハンマドに一度でも接した人々(教友)をいう。
       (イスラーム神秘主義では、夢の中で接した者もサハーバとなり、女性はサハービーヤである。) 
       シーア派 ・・・ 12イマーム派   5人しか認めない(確認中)
                 他派         (確認中)   

写真;左 たまたま見つけたサハーバの廟 ダマスカス旧市街
    右  最初のムアッザン 教友ナビールの廟 アハル・アル=バイトの多く眠るバーブ・アル=サギールに位置するため、イラン人の巡礼者たちが嘆きの短歌を歌い涙を流して嘆いていた。なお、ほとんどのサハーバが、バクィーア(シーア派12イマーム派にとっては悲劇の象徴)に眠る。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-30 12:35 |  sahaba サハーバ
2005年 07月 29日

「Into a human being - The Middle East」 「人間の中へ――中東」 

2014年1月10日、第2版が発売されております。
電子書籍は書物に比べ割安となっております。


小池百合子現環境大臣の巻頭推薦文

a recommendation from Ms.Yuriko Koike,Minister of the Environment


菊池絵美さんの「人間の中へ――中東」に寄せて
               小池 百合子(環境大臣)

 二十一世紀に入ってからの世界は、イラク戦争をはじめとして、紛争続きで、真の 解決はいつの日かと、出口が見えない状況が続いています。世界平和を話す時、その 根っこには、「中東問題」がいつも横たわっていることは知られるところですが、で は、その「中東」たるや、どんな地域なのか、なぜ、あんな凄惨なことが繰り返されるのか、まだまだ、正解を答えられる人は、きわめて少数です。こうした、反応が出 るのはまだしも、日本では、地球の裏側の出来事と、無関心な人たちが多いのも、現実です。
 多感な少女、菊池絵美さんは、印パ戦争の火種となったインド・カシミールを旅したのがきっかけで、宗教問題に悩み、引き寄せられるように中東の地におもむくことになり、そこで、世界の現実を見ました。そこに生きる人々と、ときには、戦火の中を軍機の低空飛行と爆撃に耳をふさぎ、ときには、不審な人影に身を伏せ、爆弾テロに遭遇し、銃を向けられもしながら、一緒に、怖れ、嘆き、祈る絵美さんが、そこにいます。必死に生きる人々とともに、安らぎを求める気持ちが、行間にあふれています。黒装束の民族衣装の絵美さんが、通りいっぺんのジャーナリストたちには、とても真似の出来ない、それらの人々と起居を共にした生活の中から、にじみ出てきた言葉を、拾いあげているからです。学究に身をおくだけに、必要に応じ、その土地土地で、歴史や宗教上の考察も加えていて、旅行者のルポとは違って、日本にはまだ見られない、本格的なスタイルの著述となっています。また、それぞれの背景解説も、驚くほど正確で突っ込んだ内容です。日本の大きな公的図書館でも、中東関係の書物が僅少であることを鑑みると、この著作が、中東の貴重な資料の役割も果たしそうです。
 また、中東各国の歴史、政治、各国の事情と思惑、人々の生活・現状・思い、各国の各パレスチナ難民キャンプと難民事情についても、詳細に記しています。さらにユダヤ教・キリスト教・イスラム教をはじめ、自ら聖地に踏み込んで追求し、人間とは、神とは何か、という人類最大の課題をも考察し、それを一冊の本にまとめられました。
 私は70年代、絵美さんと同じカイロ大学に在学していたころ、第四次中東戦争を実体験し、また、中東で繰り広げられる、国際政治の凄然さを目の当たりにしてきました。絵美さんも、現在のような真剣な問題意識をもって、さらに、現実の世界を見詰め、悩み、求め、日本人として、なにかしら、世界平和のために、貢献できる人材に育っていくのを、先輩としても、見守りたいと思います。人類は、必ずや、叡知をもって、みなが幸せになる真理を突き止め、最後には、世界平和を実現するに違いありません。「若者よ、大志を抱け」を、身をもって、実践している絵美さんへ、エールを送ります。

Emi Kikuchi’s “Into a human being-The Middle East”
- Ms.Yuriko Koike, Minister of the Environment

Since the start of the 21st century, with the Iraq War and continuing conflicts around the world, we live in a time in which true solutions remain elusive. When talking about world peace, the “Middle east Problem” is widely known to be at the heart of the matter, but very few can provide the real answers to such fundamental issues as: what defines the Middle East, what sort of a region is it, and why do these horrible things keep happening there time and again. Despite such views, the fact is that many people in Japan consider events taking place on the other side of the world to be of little consequence. Emi Kikuchi is a sensitive young woman who, after visiting Kashmir, the troubled land at the source of the India-Pakistan conflict, became concerned with the issue of religious strife, and from that interest was drawn to the Middle East, where she experienced the reality of that world. There, living amidst the people of a region at war, she had the experience of covering her ears from the deafening noise of low-altitude bombing raids, cowering from suspicious individuals, encountering terrorist bombings, and having guns pointed at her. She shared the fears of the people around her, grieved with them, and prayed alongside them. What comes through the accounts of her experience amidst these lives of desperation is an overflowing desire for peace. Clad in the traditional black dress of women in the region and sharing in their daily lives, she was able to capture their thoughts and words in ways regular journalists could not. As a scholar, Ms. Emi goes beyond mere travel writing, adding insightful observations on important historical and religious aspects of each area she visited. Hers is an original and authentic style of writing not yet seen in Japan. Moreover, her background observations contain astonishingly penetrating insights and truths. Considering what extensive libraries we have in Japan yet the paucity of books on the Mideast, Ms. Emi’s book is sure to play an important role as reference material on the region. “Into a human being-The Middle East” covers the history, politics and other aspects of each country in the region, as well as lifestyles, circumstances and expectations of their peoples. Also included are details on the Palestinian refugee camps throughout the region. Moreover, walking herself on the sacred paths of the Jewish, Christian and Islamic faiths, Ms.Emi explores in this remarkable volume the fundamental ontological questions: “What does it mean to be a human being?” and “What is God?”

As a student at Cairo University – where Ms. Emi attended – in the 1970s, I experienced the Yom Kippur War and witnessed first-hand the international political turmoil unfolding across the Middle East. I hope that Ms. Emi will continue to be concerned about the world’s problems, seek answers to the troubling things she sees, and contribute to world peace. I believe that the human race can and will use its intelligence to discover the key to assuring happiness for everyone and ultimately achieving world peace. I heartily commend Emi Kikuchi for putting into practice the well-known exhortation in Japan: “Young people, be ambitious!”
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尚、著書の訂正点についてはhttp://emikikuchi.exblog.jp/i5を参照。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-29 03:10 | my writings 著書
2005年 07月 26日

angels 天使


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「あなたがたには、それぞれ、守護天使がついている。」(「トマス・ロギオン84と守護天使」赤城泰)


「見よ、右側にまた左側に坐って、2人の(守護の天使の)監視役が監視する」(クルアーン カーフ章17)

イスラームの主要な天使達;
1.ジブリール(ガブリエル)  啓示の天使
2.ミカエル  自然の管理者
3.イスラフィール  この世の終わりをラッパで告げる
4.イズラーイール  魂を抜き取る適切な人物を見出すため9度各家を訪れるという
5&6.ムンカル&ナキル  お墓の管理者
7&8.ラクィーブ&アティード  両肩の書記者
9.マーリク  地獄の管理者
10.ラドワーン  天国の管理者
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-26 09:15 | angels 天使
2005年 07月 24日

Ahl al=bait アハル・アル=バイト


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預言者ムハンマド、サイエダ・ファーティマトゥ・アル=ザハラー、イマーム・アリー、イマーム・ハサン、イマーム・フセイン
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-24 12:23 |  Ahl al=bait アハルルバイト
2005年 07月 23日

Imam Shafii イマーム・シャーフィイー


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写真;イマーム・シャーフィイー カイロ エジプト
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-23 12:07 |   Shafii シャーフィイー
2005年 07月 12日

・Wahhabi sect ワッハーブ派


アラブイスラーム学院のサウディ(サウジ)人シェイフから頂いたワッハーブ派=サラフィーについての紙を模索中。見つかり次第書き込むのでお待ち願いたい。

・・・
カルバラーでのアーシューラーから帰ったばかりの私に彼はこう述べた。
神にかけてわたしはアハル・アル=バイトを愛している」と。
12イマーム派は、ワッハーブ派=サラフィーを、12イマーム派に対抗するためにイギリス諜報機関が作り上げたものだと主張する。彼らの発言の根拠となる文献も聞いたが模索中)
にかけなくとも、わかったのに・・・。「ワッハービーはアハル・アル=バイトを憎んでいる」とシーア派神秘主義の人々から聞くたびに、このシェイフの言葉を思い出すのだった・・・。
預言者やアハル・アル=バイトへの愛は信者が皆平等に抱くものなのに、なぜ、同じイスラーム教徒であるにもかかわらず、彼らへの愛の有無を誰かが誰かに対して判断・裁定し得ると思えるのだろう。同胞なのだから、感情論で傷つけあうのではなく、真のイスラーム論でいくべきではなかろうか。)


後日・・・
紙が見つかったので、そのまま貼らせていただく。


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ちなみに・・・
ワッハーブ派の人々は大抵厳格に預言者のスンナに従い、裾の短い着物を着、髭を長く伸ばしているが、預言者は長髪であったしアイライナーをしていた(当時の習慣)のだから、外見のスンナに拘るならば、なぜ完璧に全てのスンナを実行しないのかな、と、最近ふと思ったのだった(ある国々のスーフィー達は長髪であったりアイライナーをしていたりする)。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-12 08:57 |   ・WahhabiSectワッハーブ派
2005年 07月 08日

Abu Hanifa アブー・ハニーファ


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写真;彼の廟 バグダード イラク
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-08 05:08 |   AbuHanifaアブーハニーファ
2005年 07月 08日

Sheikh Abd al=Kadir al=Jilani シェイフ・アブドゥ・アル=カーディル・アル=ジーラーニー


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写真;彼と彼の息子などの廟 バグダード イラク 
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-08 04:35 |   Kadili カーディリー
2005年 07月 03日

prayer 礼拝 祈り


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「祈ることは、人類に仕えることにほかならない。
 祈祷用のじゅうたんも数珠も
 托鉢の鉢も、無用である」  サアディー

「善行は礼拝に勝る」イマーム・アリーアレヴィー派第一の教訓)


「何か礼拝よりももっと大切なものがありましょうか」
「この問いに対する一つの答えは、…礼拝の行為そのものよりその底にある精神のほうがずっと大切だということである。第二の答えとしては、信仰の方が礼拝より大切だということ。…礼拝は正当な理由があれば免除され、後刻に遅らすことも許される(が信仰は免除も遅らすこともできない)。…(また)信仰は礼拝を伴わなくともそれなりの効果があるが、信仰を伴わぬ礼拝は無益である。」

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

礼拝の最大の報酬は神との距離が縮まることにある
「一途に平伏してわれに近づけ」と書物にもある通り
肉体を低く大地に屈めれば精神は空高く舞い上がる

(「マスナウィー=メスネヴィー」 マウラーナ著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

だが賞賛によってわれの栄光が増すわけでも、われの神聖さが増すわけでもない。われを賞賛することによって純粋さと輝きを増すのは、他ならぬ彼ら自身なのである。われへの崇拝によって徳を積み真珠のごとく輝きを増すのは、われではなくわれを崇拝する者たちである。
われは崇拝するものの舌や、言葉を見るのではない。その心と、意図とを見るのである。言葉による敬意を受け取るのではない。心による敬意を受け取る。

(同著)

神はこのように申された。
例えあなたが自堕落であろうと偶像を崇めようと
あなたが呼べば必ず応える、と
息せき切って礼拝に駆け込んだことはあるか
涙を流して神に叫んだことはあるか
あなたを悪鬼の手から解放するのはそれである

(同著)

神を呼ぶ声、助けを求める声は、常に悲しみに満ちて純粋である。

(同著)

どこそこの都に気前のいい人がいて、・・・大変な慈善家だという噂を耳にすれば、誰だって・・・恩恵に与ろうという気になるものだ。とすれば、万人が神の慈悲のほどを意識しているのに、その神から物乞いしない道理はない。・・・「パンをください。・・・貴方はそんなにお持ちじゃありませんか」・・・犬ですらこの程度の分別は持っている。そなたが犬以下だということはあり得ない。「もし御主人のほうでその気になれば、自分から進んで私にパンをくれるだろう」などとうそぶくようなことは犬はしない。キャンキャン鳴いて訴えかけ、尻尾を振る。そなたも負けずに尻尾を振るのだ。ほしいものがあったら神にどんどん申し上げ、おねだりするのだ。・・・相手が神・・・であれば、物乞いは立派な行為である。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

「自らの神を、恐怖ゆえに礼拝したり、見返りを欲して崇拝するとは不届きな下僕です」

(「イスラーム神秘主義 聖者列伝」 ファリード・ゥッディーン・ムハンマド・アッタール著 藤井守男訳 国書刊行会 より)


写真;空に向かってに祈るユダヤ教徒 嘆きの壁 ジェルサレム 
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-03 12:31 | prayer 礼拝 祈り
2005年 07月 03日

・Druz sect ドルーズ派


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エジプトはファーティマ朝第6代カリフハーキムを神とする。
1017年突然彼を生き神と崇拝する人々が現れ、彼自身も救世主を自称したという。
彼の最期は謎が多く、1021年のある夜、ムカッタムの丘近くの砂漠に忽然と消えた(ガイバ)といわれている。

(地球の歩き方 エジプト、イスラエル 参照)

(同派については「イスラーム・ドルーズ派-イスラーム少数派から見た中東社会」 宇野昌樹著 第三書館 に詳しい)

イスラエルではドルーズ派アラブ人は”ドルーズ人”と呼ばれ、パレスティナ人と区別される。ユダヤ人のように彼らも宗教が民族となるのだろうか。


写真;ジャーミア・アル=ハリーファ・アル=ハーキム・ビ・アムリッラー ハーン・ハリーリ カイロ エジプト 
エジプトには同派が個人レベルを抜きにして存在せず、このモスクに訪れる人々は今ではインド・パキスタン系のボハラ派(イスマイリーヤ派の分派ニザール派系統とのザイド派シェイフの言葉。ボハラ派の人々に聞いてみても、インドにいるスルターンしか宗教についてはお話しすることはできない、といわれるのみである。ドルーズ派同様秘儀か?だから、数年前のアーシューラーに、彼らの貸しきるサイイダ・ザイナブで撮った写真を取り上げられそうになったのだろうか?その写真はカテゴリアハルルバイトⅡの右上から12番目。毎年アーシューラーになると、私の知る限りではジャーミア・サイイドゥナー・アル=フセインとジャーミア・アル=サイイダ・ザイナブ  -シリアのサイイダ・ザイナブとは別人物、とパキスタン系イラク人に聞いたが詳細を忘れた-  を貸し切りセレモニーを行う。12イマーム派に増して強打・早打であるのが特徴である。スルターンが2005年5月頃カイロに滞在していたことを後に知りがっかりである。ムバーラク大統領とも面会したようである。だから、インド人の経営する近所の写真屋にはムバーラク大統領と面会するスルターンらしき人物の写真が高々と掲げられているのか、と納得。シーア派12イマーム派禁止のエジプトでよく貸し切りが認められるものだと思っていたが、これもスルターンと大統領の面会から納得。 -イズィーディー指導者とアブドゥ・アル=ナーセル大統領かサダト大統領かの面会写真をイズィーディーにもらったことがあるが、どうやら、エジプトの指導者は、代々、各国のマイノリティーの指導者と交流があるようである。なぜだろう?・・・-  )の人々が大半を占め、モスクの奥には彼らの事務所や接客用の部屋、調理用の台所まである。寝泊りさえ可能であろう。(彼らが私をイエメン人と見てきたことから、ザイド派系のイエメン人も時々ここを訪れるのか、イエメンにも信者を持つのか?・・・スルターンが次にカイロに来られるのはいつであろうか・・・)


サイイダ・ザイナブについて・・・
イマーム・アリーには3人のザイナブという名の娘がいた。
アル=サイイダ・ザイナブ・アル=コブラー・・・カイロに
アル=ザイイダ・ザイナブ・アル=ワスター・・・バクィーアに廟 
アル=サイイダ・ザイナブ。アル=ソグラー・・・ダマスカスに

また、イエメンにも、ボハラ派-イスマイリーヤ派の廟があり、スルターンの代理人や信徒も存在することがわかった。ボホラ派についてはこちらを参照。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-03 10:24 |   Druz sect ドルーズ派