「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ: Kaaba カアバ(カーバ)( 1 )


2007年 08月 18日

Kaaba カアバ=カーバ神殿


・・・メッカの神殿(=カアバ) とは預言者や聖者がたの心の秘処、神の啓示の下る場所のことであって、建物としてのメッカの神殿はこの(心の中の)神殿の影にすぎない。内面的精神がなければ、メッカの神殿が何になろう。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

人々はメッカの神殿の方角に向かって礼拝する。だがメッカの神殿を一般信者の礼拝の方向として設定したのは預言者である。もしメッカの神殿が礼拝の正しい方角(キブラ)であるなら、そのメッカ自身をキブラとするところの神そのものは、いよいよ以て正しいキブラである道理ではなかろうか。

(同著)

・・・彼(バハーウ・アル=ディーン・ワラド)は瞑想三昧の状態にあった。やがて、祈りの定刻となった。・・・誰かが・・・「先生、礼拝の時間です」・・・、師は・・・関心を示さなかった。弟子たちは・・・礼拝を始めた。・・・2人だけ、師の範にならって礼拝をしに立ち上がらないものがいた。
・・・ハージャギー・・・(バハーウ・アル=ディーンの高弟)は自分の心眼(・・・精神的な眼)に・・・見た。すなわち現に礼拝しつつある彼の仲間は・・・一人残らずメッカの方角に背を向けており、・・・師の範にならって礼拝に参加しなかった二人の弟子だけは顔をメッカの方角に向けている・・・。・・・すでに我の意識を離脱し・・・神の光の中に融入しきっていたからである。・・・神の光こそ本当の意味でのキブラなのだから。
・・・もしメッカの神殿が礼拝の正しい方角(キブラ=カアバの方角)であるなら、そのメッカ自身をキブラとするところの神そのものは、いよいよ以て正しいキブラである道理ではなかろうか。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)


毎日キブラの方角に祈るイスラーム教徒のほとんどがこれを理解し得ないであろう。だからこそイスラーム神秘主義は基本的に秘教、殊にマウラウィー教団は教団員も厳選されるのである。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2007-08-18 15:54 |  Kaaba カアバ(カーバ)