「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:  Druz sect ドルーズ派( 1 )


2005年 07月 03日

・Druz sect ドルーズ派


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エジプトはファーティマ朝第6代カリフハーキムを神とする。
1017年突然彼を生き神と崇拝する人々が現れ、彼自身も救世主を自称したという。
彼の最期は謎が多く、1021年のある夜、ムカッタムの丘近くの砂漠に忽然と消えた(ガイバ)といわれている。

(地球の歩き方 エジプト、イスラエル 参照)

(同派については「イスラーム・ドルーズ派-イスラーム少数派から見た中東社会」 宇野昌樹著 第三書館 に詳しい)

イスラエルではドルーズ派アラブ人は”ドルーズ人”と呼ばれ、パレスティナ人と区別される。ユダヤ人のように彼らも宗教が民族となるのだろうか。


写真;ジャーミア・アル=ハリーファ・アル=ハーキム・ビ・アムリッラー ハーン・ハリーリ カイロ エジプト 
エジプトには同派が個人レベルを抜きにして存在せず、このモスクに訪れる人々は今ではインド・パキスタン系のボハラ派(イスマイリーヤ派の分派ニザール派系統とのザイド派シェイフの言葉。ボハラ派の人々に聞いてみても、インドにいるスルターンしか宗教についてはお話しすることはできない、といわれるのみである。ドルーズ派同様秘儀か?だから、数年前のアーシューラーに、彼らの貸しきるサイイダ・ザイナブで撮った写真を取り上げられそうになったのだろうか?その写真はカテゴリアハルルバイトⅡの右上から12番目。毎年アーシューラーになると、私の知る限りではジャーミア・サイイドゥナー・アル=フセインとジャーミア・アル=サイイダ・ザイナブ  -シリアのサイイダ・ザイナブとは別人物、とパキスタン系イラク人に聞いたが詳細を忘れた-  を貸し切りセレモニーを行う。12イマーム派に増して強打・早打であるのが特徴である。スルターンが2005年5月頃カイロに滞在していたことを後に知りがっかりである。ムバーラク大統領とも面会したようである。だから、インド人の経営する近所の写真屋にはムバーラク大統領と面会するスルターンらしき人物の写真が高々と掲げられているのか、と納得。シーア派12イマーム派禁止のエジプトでよく貸し切りが認められるものだと思っていたが、これもスルターンと大統領の面会から納得。 -イズィーディー指導者とアブドゥ・アル=ナーセル大統領かサダト大統領かの面会写真をイズィーディーにもらったことがあるが、どうやら、エジプトの指導者は、代々、各国のマイノリティーの指導者と交流があるようである。なぜだろう?・・・-  )の人々が大半を占め、モスクの奥には彼らの事務所や接客用の部屋、調理用の台所まである。寝泊りさえ可能であろう。(彼らが私をイエメン人と見てきたことから、ザイド派系のイエメン人も時々ここを訪れるのか、イエメンにも信者を持つのか?・・・スルターンが次にカイロに来られるのはいつであろうか・・・)


サイイダ・ザイナブについて・・・
イマーム・アリーには3人のザイナブという名の娘がいた。
アル=サイイダ・ザイナブ・アル=コブラー・・・カイロに
アル=ザイイダ・ザイナブ・アル=ワスター・・・バクィーアに廟 
アル=サイイダ・ザイナブ。アル=ソグラー・・・ダマスカスに

また、イエメンにも、ボハラ派-イスマイリーヤ派の廟があり、スルターンの代理人や信徒も存在することがわかった。ボホラ派についてはこちらを参照。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-07-03 10:24 |   Druz sect ドルーズ派