「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:  Zaidi sect ザイド派( 1 )


2006年 01月 19日

・Zaidi sect ザイド派

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                          「ザイドに権利有り زيد مع الحق 」

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 イスラーム各派を分かりやすくイエスや新約聖書などに例えると、イエスの言動の表面にこだわって忠実に表面に従おうとするのがワッハーブ派、イエスの精神と魂を目指すのがスンナ派シーア派両イスラーム神秘主義、その中間をバランスよく保とうというのがスンナ派非神秘主義、イエスの最期にこだわって嘆き悲しみイエスの12使徒の中でも超側近のみを信じ、福音を特殊に解釈し、新約聖書の”だれそれの手紙”類をほんの一部以外認めず、イエスの家族とその支援者達を溺愛する代わりにその他を憎むのをシーア派各派非神秘主義、そしてその教理でイエスの精神と魂を目指すのを一部のシーア派イスラーム神秘主義であると言えよう

 尚ここのイエスを適切な単語に置き換えるとすれば、クルアーン預言者ムハンマドと彼のスンナ(言行)とハディース、アハル・アル=バイトその子孫や支持者達各イマームサハーバ等が、福音はクルアーンに、”だれそれの手紙”はスンナ(言行)・ハディースが当てはめられよう。


 シーア派の一派と自他共に認めるが実はスンナ派とイスラーム神秘主義思想を基盤のシーア派に取り入れたのがザイド派であり、自称”スンナ派とシーア派の中間”である。


写真;クーファからバグダードに向かう途中訪れたイマーム・ザイドの廟 イラク







ザイド派分派について;
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=1155895297770071&id=666169066742699&substory_index

イェメンに関する主要新聞などの記事があまりに知識不足な為、シーア派ザイド派について簡単に述べると、
ザイド派は、イスラームはシーア派の系統ではあるが、フィクフ=イスラーム法学 的にはスンナ派シャーファイー学派に類似する。ザイド派には大きく2つの分派がある。

1-アル=ジャールーディーヤ
フィクフ=イスラーム法学 に加えアキーダ的にもシャーファイーに近い。

2-アル=サーリヒーヤ (アッサーリヒーヤ)
アキーダ的に12イマーム派に近い。

真理探究の一環で某国イェメン大使に紹介されたザイド派の導師が2系統の方で、思想的には12イマーム派と全く変わらなかった。彼はアラブ諸国の導師達が集まる宗教会議に招待され、イェメン大使館でイェメンの政治家や官僚達に手厚くもてなされてはいたが、今思い出すと批判めいたことを言っていた。この、2系統の代表が、(アラビア語の発音を日本語で表記するのは難しいが)所謂フーシ派、ホーシ派、と日本で呼ばれる部族である。

ちなみに、首都サナアーは大半がスンナ派、という記事があり驚いたが、サナアーの大半は1系統のザイド派である。自身は南部のハダラマウトにある著名な人物宅に数ヶ月滞在し、1及び2系統の部族及び部族長のご子息の客人としてサナアーにも滞在したが、スンナ派が多いのは寧ろ南部である。しかし、1であれ2であれスンナ派であれ、アハル・アル=バイトの血統の部族、ハサニー及びフセイニーが大半である。

自身はただただ宗教の探求の為にのみザイド派・スンナ派を問わず部族長及び部族の客人として彼らと深く関わった上彼らとの出会いも双方とも偶然であったが、ジャーナリズムや学術研究を目的とした関わりとなると、アラブ及びイスラームについての理解は限定的であろう。

著書にもあるが、イラク戦争後にイラクの聖地巡礼をした時も、宗教指導者の保護下=つまり彼に忠誠を誓う複数の部族の保護下 で外出時は4人の重装備の男性が同行した。今このご時勢で、ノンムスリムのアラビア語を知らぬ外国人が中東の戦闘地へ向かうのは、知りたい、という真摯な探究心があったとしても、無謀であり、有力部族長の客人となる以外に目ぼしい情報も得られないだろう。

大学院を終えたら、きっぱり中東から遠ざかる意思でいるが、パレスティナ問題から宗教探求、そしてイスラーム宗派探求、最後には大学機関の勉学、と突き進んできたこの中東の日々、大学機関の勉学に集中する近年以前は政治家や宗教家と、時に騙されながらも、私的に親交を深めた。あの頃は、毎日のメル友が彼らで、メッセンジャーで彼らと長々と話していた。今思うと当時の自身に驚く。今ではこちらの連絡先を一切変え、あちらの連絡先も全て捨ててしまったが、彼らとの私的な親交を通じ、色々と学んだ。ザイド派の分派も、著書レバノン章に言及されている、12イマーム派のマルジャアのワキールであった政党党首に教わったものだ。今回のイェメン情勢が無ければ、この知識も自身の中に眠ったままであった・・・
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by Emi_Kikuchi_jp | 2006-01-19 20:19 |   Zaidi sect ザイド派