「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:daily thoughts 日々の思想( 13 )


2016年 03月 08日

「自分を捨てる」とは?

自分を必要以上によく見せようとしたり、取り繕ったりする、そういう抜け目のない自分を捨てるということ(彼女の上司、江上治氏の教え)

(「成功したい女は、結婚を捨てなさい」 笠井裕予著 経済界 2013年)



私自身は、結婚や子供を持つことが自然な人間の姿と思っているので、この本は特にお勧めではないし、仕事も好きな事をすべきと思っているので、思想自体も著書と全く異なるのだが、古本で適当に購入した、全く世界の異なる一人の女性の半生の物語は、興味深く読んだ。


自分自身を含め、「自分を捨てた人」、人生でまだ、出会ったことはないかもしれない・・・



何があっても、言い訳はしないこと。取り繕らないこと。自分を捨てて自然体で行動できたら、逆に楽になるんだから~

(同著)



しかし、真に「自分を捨てる」とは、自我を捨てることである。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-03-08 19:50 | daily thoughts 日々の思想
2016年 02月 01日

十字架刑の真のメッセージ

「愛だけを教えなさい。それがあなたの本性だからである」

奇跡講座 第6章 愛のレッスン 13)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-02-01 20:01 | daily thoughts 日々の思想
2015年 03月 19日

愛に基づく言動

愛に基づく言動は、その代償に何かを傷つけるものであってはならない。
真の愛は万物に、その愛は神の愛、そして地球の愛である。
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by Emi_Kikuchi_jp | 2015-03-19 15:31 | daily thoughts 日々の思想
2014年 12月 02日

おとなは、だれもはじめはこどもだった 前編

「おとなは、だれもはじめはこどもだった
しかし そのことを忘れずにいるおとなは
いくらもいない」

サン・テグジュペリ



今、児童心理学入門(村田 孝次著 培風館)を読んでいるが、2~6歳を前操作期といい、知覚に支配されていて直感的である、とある。

息子は丁度前操作期にあるのだが、無理やり起こされても満面の笑顔で、朝から晩まで自分の感情に正直で、真っ直ぐで、そして純粋である。親にとっては、自我の強くなる時期で中々大変で、子供嫌いの大人が一番迷惑に感じる年齢と思うが、実は人間の一生で一番幸福な時なのではないか、と思う。その時のことはあまり覚えていないが、当時に思いを馳せると、あの時のままで、大人にならなければよかったのに、と思う・・・ 


脳卒中で倒れ左脳が機能しなくなるにつれ幸福になっていったと言うのは脳科学者のジル・ボルト・テイラーである。寄生虫学者の藤田紘一郎氏も、エデンの園でイブが食べた木の実は「左脳思考の活性化」では、と述べている。前操作期は言語が思考に介入し始める時期で、6~11歳の具体的操作期を経て11歳~成人の形式的操作期に入ると、命題に対し論理的操作を加える能力が発達し、左脳的思考が支配するようになる。この頃から、人生の様々な苦悩が始まり、前操作期の幸福感が感じられなくなってしまう。勿論、論理的・言語的思考は、現代において必要不可欠であるが、直感的になることの大切さを、笑顔と涙で一杯の子供たちが、幸福感が薄く苦悩する我々大人に教えてくれるのだ・・・。


子供の声がうるさいと思う大人に伝えたいのは、貴方も誰も皆子供だった。子供はうるさいのではなく、自分の感情に正直なだけ。自分が子供でなかった大人だけ、子供や親を注意するがよい。子供にイライラすることは、寛容心と慈悲心、母性の欠如である。子供の声がうるさいと感じる場面に遭遇したら、自分たちがどれだけ左脳に支配され苦悩しているか気付くチャンスであり、直感的に生きることの大切さの見本となってくれている彼らに感謝し、暫し自身の幼少時に思いを馳せようではないか。








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by emi_kikuchi_jp | 2014-12-02 17:11 | daily thoughts 日々の思想
2014年 11月 15日

箴言第4章23 旧約聖書



「何を守るよりも、自分の心を守れ。命の泉は、これから流れ出るからである(意訳=人生の問題はそこから生まれてくるからだ)」 ソロモン王
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by emi_kikuchi_jp | 2014-11-15 01:54 | daily thoughts 日々の思想
2014年 09月 10日

ダイビング

ダイビングは、瞑想である。




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写真;ダハブのライトハウス シナイ半島 エジプト
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by emi_kikuchi_jp | 2014-09-10 23:31 | daily thoughts 日々の思想
2014年 06月 11日

概念とは何か

何かに概念を持つと、それが事実となってしまう。
例えば、黒猫やカラスが不吉だ、という概念を作ってしまうと、
それが現実となる。
黒猫やカラスはただ存在するだけで何の概念も無いが、
悪い概念をつければ悪い現実が、良い概念を定義すればよい現実が生まれる。
そして、不思議なことに、良い概念を与えたその現実が悪化することは無い。
上の例で言えば、黒猫やカラスは黒い生き物である、という事実があるだけで、
何の概念も無いのだが、我々が概念を与えることにより意味が人それぞれに生まれる。
事実は一つなのに、幾多の概念が生まれるのだ。
その概念の定義は、それぞれの環境、価値観、宗教、教育、習慣、
または経験、トラウマ等により形成される。
つまり概念とは真実ではなく、単なる思い込みなのだ。
今自分の目の前にある現実は、全て自分で作り上げている、ということである。
ここに気付かぬ限り、相互理解は無く、世界恒久の平和も訪れないであろう。

相手を知ること、そして理解するためには、まず、自分自身を知る必要がある。
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by emi_kikuchi_jp | 2014-06-11 15:13 | daily thoughts 日々の思想
2014年 05月 23日

全ては一つ ワンネス 無神論

昨日のブログで全ては一つ、と言うお話しをしたが、では無神論と有神論はどうワンネスになり得るか。
「無」は「在」の対極であり、「在」あってこそ「無」という概念が生まれた。
そして、この世界において、「無」は「在」から生まれたものであって、真の「無」は
存在しない。この世界は「在」から生まれたものであり、「無」から生まれたものではないからだ。
故に、無神論という概念は有神論の対極であり、有神論の一部なのである。
よって、無神論も有神論も結局は一つである。

「無」から「在」が生まれたと主張する者は、よくよく自分の魂の声に耳を澄ますがよい。
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by emi_kikuchi_jp | 2014-05-23 00:24 | daily thoughts 日々の思想
2014年 05月 22日

全ては一つ ワンネス

一神教も、多神教も、全く違いは無い。
神は唯一無二、いや三位一体、いや八百万、いや牛も神様だ・・・
等と、いつの時代も論争し、時には殺しあってきた。
全て彼らの主張は結局は一つである。
というのも、この世界は元々一つであり、万物に神が宿るからだ。
個々は幻想であり、全てワンネス、一つである。
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by emi_kikuchi_jp | 2014-05-22 00:32 | daily thoughts 日々の思想
2014年 05月 20日

生まれた意味 生きる意味

問うた。
「なぜ生まれてきたのだろう」
「なぜ生きているのだろう」
「生きている意味が見つからない」

曰く、
「それらの問いこそが意味の無いものだ。生きとし生けるあらゆる存在は、”在る”ことにこそ意味があるのだから」
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by emi_kikuchi_jp | 2014-05-20 13:38 | daily thoughts 日々の思想