「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:A course in Miracles( 3 )


2016年 03月 03日

攻撃すること、されること


攻撃するという考えと、攻撃されるという考えは異なるものではないということを学んだとき、あなたにはその原因を手放す用意ができているだろう。

「奇跡講座」 ワークブック編 レッスン23より)


攻撃的な考えには、自分が傷つくことがありえるという信念が必ず伴うとすれば、そうした考えは、あなたの目に映る自分自身を弱めるという結果をもたらす。そのようにして、攻撃的な考えは自分自身についてのあなたの知覚を攻撃したのである。そして、あなたはそうした考えを信じるので、もはや自分を信じることは出来ない。あなた自身についての誤ったイメージが本来のあなたに取ってかわったのである。

あなた自身の考え以外の何ものも、あなたがか弱く傷つきやすい存在だと、あなたに思わせることは出来ない。

「奇跡講座」 ワークブック編 レッスン26より)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-03-03 19:03 | A course in Miracles
2016年 02月 29日

私が見ているのは、復讐の一形態である。

私は朽ちてゆくものしか見ていない。

私は永続するものは何一つ見ていない。

私が見ているものは実在しない。

私が見ているものは復讐の一形態である。



これが、私が本当に見たい世界だろうか?


「奇跡講座」 ワークブック編 レッスン22)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-02-29 18:57 | A course in Miracles
2016年 02月 05日

死は何も解決しない

「あなたの肉体と自我と夢が消え去ったとき、あなたは自分が永久に続くと知るだろう。~死を通して達成されるものなど何もない。死は無だからである。

すべては生命を通して達成される。そして、生命は心に属し、心の中にある。
肉体は生きもせず、死にもしない。

~死とは、何も決断しないことにより葛藤を解決しようとする試みである。自我が試みる他の不可能な解決法と同様に、それはうまくいかない。」


奇跡講座 第6章 聖霊のレッスン)


私の息子は、まだ読み書きがままならないが、文章を読めるようになったら、少しずつ奇跡講座を一緒に読んでいきたいと思う。そうすれば、人生で何が起きたときでも、全てが自我によると認識でき、自他の感情やどんな状況にも左右されなくなるであろうから。

この本は、先生にも、生徒にも、読んでもらいたい。そうすれば、学校がより良い環境となり、例えばいじめっ子がいたら、「自我による恐れと攻撃性に君の心は囚われているよ」等と、皆がいじめっ子を諭すことになるだろう。その様な社会になる頃には、恐れや過去から成り立っている現政治システムも変わっているに違いない。

死に走る子供たちに、死は何の解決にもならないことを教えられる大人が必要だ。


刑事事件などの表面的な解決ではなく、物事の本質に気付かなければならない時に来ている。
そして犯罪者の本当の更生も、自我に気付きそれに惑わされない訓練に因るならば、犯罪者が皆覚知者となろう。これこそが、真の錬金術である。(勿論これは万人に言える事である)



「攻撃的な考えを放棄することで、私は自分の見ている世界から脱出できる」


奇跡講座 ワークブック編 レッスン23)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2016-02-05 21:35 | A course in Miracles