「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ: ・be pupil  師事( 1 )


2007年 08月 18日

be pupil 師事


理知とは、人に備わる不可視の翼、目に見えぬ羽である。
それを持たない者は、持つ者に案内してもらう他はない。

(「マスナウィー=メスネヴィー」 マウラーナ著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

盲目の者が杖にしがみつくように、彼らは知性を備えた者にしがみつく。
それで初めて、目に映る全てが活き活きとしてくる。
世界に秩序が与えられ、鮮やかな意味を伴って顕われる。
だが大麦の粒ほどの知性も持たない愚か者は、無知な自分自身に執着するあまり、知的な者に案内されることを拒否する。
道について多くを知るわけでもなく、かと言って案内役も持たない。
果てしない荒野をあてどなく彷徨い、ある時は絶望に打ちのめされ、
ある時は意味もなく駆け足で走る。
だがそもそも、光を求めよという知性のかけらすら持ち合わせていないのだ。
彼は完全なる知識を持ち合わせていない。
ゆえに彼の息は彼を生かさない。
・・・
もしもあなたが、完全な知識を持たぬならば、
完成された知性を持つ者の庇護を求めよ。
自己を死なしめて彼に仕え、彼の教えによって再び生き返れ。

(同著 -「神秘と詩の思想家メヴラーナ」より-)

イエスの言葉に、「動物がどうして動物を食うことができるのか、わしにはどうも合点がいかぬ」とある。この言葉の本当に言わんとするところは、神秘道の師家が自分の弟子を食ってしまうことである。・・・言葉では説明できないような世にも不思議な食い方なのである。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)

内面の医者の答えによって、外面の医者は診断を下す。・・・この内面の医者が弱くなると、・・・歪んだ報告を出す。そうなると外面の医者が必要になり、その助力で・・・もとに戻してもらわなければならない。
精神の面でも・・・それが弱くなると、・・・聖者は(外から来る)医者の役目をする。つまり彼に助力して、その精神の調子を真っ直ぐに立て直し、彼の心と信仰に力を蘇らせてくれる。「何とぞ私に全ての物を、真にそのあるがままに示し給まえ」(ハディース)

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2007-08-18 15:03 |  ・be pupil  師事