「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:  past sins 過去の罪( 1 )


2007年 08月 18日

past sins 過去の罪


「改悛して信仰に入り、義しい行いに励む者は違う」(コーラン=クルアーン 19章61節) 「なぜならば、こういう人々は、アッラーが、犯した悪事を全部そっくり善行にすり替えて下さろうから」(コーラン=クルアーン 25章70節) 
もしそういうことになれば、今まで悪いことばかり考えようとしてきた動力が、たちどころによいことを考える力に早替わりする。ちょうど、頭のいい泥棒が  して警官になったようなもので、・・・、そんな人間がもし神秘道の師になれば完璧だ。万人の長となり、時の指導者ともなれる。

(「フィーヒ・マー・フィーヒ」 マウラーナ著 -「ルーミー語録」より-)


アブー・バクル・シッディークは砂糖を「生まれつきの甘味」と呼んでおられた。つまり、生まれたときから甘いものということだ。ほかのいろいろな甘い果物は、砂糖に対していささか自負するところがあって、「わしらはいやというほど苦味を経験した上で、ようやく今の甘味に辿り着いた。苦さや辛さを経験したこともないお前に、なんで甘さの楽しみが分ろう」と言う。

(同著)
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by Emi_Kikuchi_jp | 2007-08-18 15:38 |   past sins 過去の罪