「中東にて」 菊池絵美 in the Middle East  by  Emi Kikuchi

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カテゴリ:・polytheism 多神教( 1 )


2005年 08月 10日

monotheism and polytheism 一神教・反偶像崇拝と多神教・偶像崇拝の相互理解の道

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 アブドゥ・アル=ラハメン・アル=サディース氏は、有名なクルアーン朗読者である。今聴いている彼のクルアーンの最後のドゥアーにも、偶像崇拝者のヒンドゥー教徒への救いの祈りがのべられている。


 ヒンドゥー教は多神教に見える。だが、各神々は、それぞれ独立しているのではなく、いわば宇宙そのものである唯一・至高の存在が、ここの神格の形をとって現れたものと考えられている。
 また、進歩的なヒンドゥー教思想は、その至高の存在がほかのどの宗教にも共通するとみなし、「いくつもの川が、流れこそ違ってもやがてひとつの大海に注ぐように、すべての宗教が目指すゴールはひとつだ」と説明する。
 宇宙に偏在するブラフマンと自我の本質アートマン(つまり真理=神)との一致に達すること、すなわち輪廻から解脱することを理想とする。苦行、ヨーガ、バクティ(神への無条件に自らをゆだねること。つまり、全てにおいて神に感謝すること。だからこそ、カースト制度が守られている。現世における神に与えられた役割――各人に与えられた義務つまり社会における自分の地位――は一見違うように見えても、結局われわれの真の目的は自己を浄化し真理=神を“知る”ことであり、それこそがこの世の最高の報酬であるのだから・・・。)などの方法により、その境地を追及する。

 また、ヒンドゥー教・仏教ともに、偶像崇拝にみなされるが、彼らは結局は其の偶像を通して唯一神である神に崇拝しているのであり、偶像はいわばイスラームにおけるキブラなのである。 

G・・・Generator ブラーフマン
O・・・Operator  クリシュナ
D・・・Destroyer  シヴァ

3神は一体であり、宇宙のすべては一体である

 以上のことを踏まえると、多神教・偶像崇拝と一神教・反偶像崇拝と、結局真理は一つであり、われわれは、ザーヒル(表面)の違いに固執し対立するのではなく、バーティン(内面)に共通する真理=神を認め重視すべきなのである。それなしには、人類相互の和解は訪れないことであろう。そして、恒久の平和こそが、真理=神の道ではなかろうか。

「真理=スーフィーにおける”真のムスリム” となったとき、全宗教宗派のゴールが一つの真理であることが分かります」(あるタリーカの代表の言葉。なお、スーフィーにおける”多神教”の意は、こちらを参照)


 最後に、ヒンドゥー教徒でおられカルマ・ヨーガ実践者でおられたマハトマ・ガンジーのお言葉をご紹介しておく。「(私の言う)宗教とは、宗派主義を意味しない。宇宙の秩序正しい道徳的支配への信仰を意味する。」(非暴力の徹底、「サティーヤグラハ(真理を求め、堅持すること)」の運動・・・、人間の善性を信じ、呼びかける「対話」を基盤としていた彼は、“敵”と思われる存在に対しても、わけ隔てなく人間的な心をもって接し、味方や敵にも、正しい道を発見し歩めるよう自身の内面を見るように求めた。「21世紀への選択」マジード・テヘラニアン博士の会話の一部より)

(ちなみに、基礎知識として“ヒンドゥー教徒“-ヒンドゥー教の意味はインド教。インドにおける社会生活のあらゆる面と複雑に絡み合っており単に宗教として説明するのは大変難しい。-に言及しておくと、彼らは、特定の開祖・聖典を持たず、教団として組織されてもいないが、唯一至高の存在への信仰という点で一体であり、また、日常生活でも、カースト制度を守り、特有の儀礼・風習を続けることを法-ダルマ-にしている点で、共通性を持っている。また、現在イスラーム諸国にも浸透しているヨーガについても誤解が多いので言及しておくと、社会生活から隠居したのち、森に入って一人瞑想修行のときを過ごし、神と一体になって静かに肉体を落とすことが理想とされるヒンドゥーでは、全身にある7つのチャクラ-生命エネルギーの中枢-を活性化するアサナ-体操-や呼吸法を行い、執着から離れるための断食や断眠などの苦行を通して、神と一体となる方法を多様化し、それがたとえどのような方法であろうとも、神を求める行為全てがヨーガなのである。静かに瞑想するのみがヨーガではない。)

(情報源 地球の歩き方 インド ダイヤモンド社 など)

(ちなみにページ上でもたびたび触れられているギーターに登場するクリシュナ神―写真右―は、シヴァ神と共に数あるヒンドゥーの神々を代表するヴィシュヌ神の化身で、一番庶民に愛されているという。ギーターでは、迷うアルジュナをカルマ・ヨーガの道に導く人間の体をもって登場している{だからこそ、われわれは常に“ナマス・テー” -サンスクリット語で「礼拝行」つまり「あなたに帰命します」の意。インドやネパールの人々はお互い尊敬をこめて両手を合わせて挨拶する。「21世紀への選択」より-であらゆる全ての存在に接しなければならない。)


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一神教(イスラーム)と多神教(ヒンドゥー)を融合したスィク教(黄金寺院 アムリトサル インド)


多神教偶像崇拝も参照
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by Emi_Kikuchi_jp | 2005-08-10 14:35 | ・polytheism 多神教